第33章 第三の動脈──「敵戦力殲滅作戦」
AD2077年1月18日・アラスカ戦線・第13航空機動支援基地
寒冷な吹雪の中、氷点下30度の格納庫内で、ノーラ・ヘイスティングス中佐は最後の準備に取り掛かっていた。
鉄製の床に寝転ぶようにうつ伏せの姿勢をとり、精密な作業を無言で続けている。彼女が組み立てていたのは――人間ミサイルのブースターパーツ。
ノーラの背中には改造型T-60パワーアーマー、それも通常のT-60ではない。ステルス機能と短距離滑空能力を持つ空挺仕様(Type-Raider.AVX)。
その足元には旧式の**B-29爆撃機を改良した“ミズーリ・エンジェルⅢ号”**が待機していた。
「……三発分。全部、使い切るわよ」
静かに立ち上がったノーラは、3つの人間ミサイルユニットのうち最も重装型を自らの背に接続した。
“ジェットインジェクター点火準備完了”
システム音声が流れる。もう逃げ道はない。
作戦名:「パージ・ザ・コア」
深夜3時、第3空軍支援部隊の指揮系統がノーラの単独突入許可を下す。
改良B-29は高度9,800メートルへと上昇し、降下座標:チュクチ半島補給コア第12施設が目標と設定される。
「起爆範囲に入ったら、手動でパージを……ノーラ、絶対に生きて帰れ」
ヘッドセットの中、リンクス大尉の声が震えていた。
ノーラは三連型人間ミサイルユニットの一基目として、凍てつく空へと投下される。
ジェットブースター、点火――
爆音と共に彼女の身体は、赤く燃える彗星のように夜空を裂いた。敵陣中央へ、一直線。
着弾の寸前で自動パージ、T-60装甲が分離し空中で姿勢制御。次の瞬間、パラシュートが展開され、真下の戦場地帯へとノーラ中佐が舞い降りた。
爆風が背後で上がる。人間ミサイルの残骸が敵地を焼き尽くし、ノーラは炎の中、ひとり歩き出す。
作戦名:「パージ・ザ・コア」
〔作戦発動 T-2:00〕
場所:キメラ山脈・第108連隊前線野営地(標高1,900m)
冷たい風が凍土を削り、戦地を覆う白銀の静寂を切り裂いた。
午前3時45分、第108連隊は「敵戦力殲滅作戦」の発動を正式通達。
指揮幕舎の中で、ハリストン少佐は最後のブリーフィングを行っていた。地図には赤いラインが引かれ、**「敵コア補給線」**と記された3本の動脈のうち、最も防衛が厳重とされた“第三の動脈”が今回の標的となる。
「目標は、チュクチ高地補給拠点12号……ここを叩けば、敵の中枢補給ラインが崩壊する。
だが、問題は迎撃用のGAUSS機銃タワーとドローン網だ。正面突破はまず無理だと考えろ」
室内には低く緊張した沈黙が広がる。その中で、ネイト軍曹は静かに立ち上がった。
胸にはヴィンテージ仕様のT-51Bパワーアーマーが装着され、表面には焦げたような戦痕と、無数の再塗装痕が見える。
「俺たちが陽動に出ます、少佐。奴らの目をこっちに引き付けてください。……その間に、ノーラ中佐が落とすんだろ、“第三の牙”を」
ハリストンは頷く。
「作戦名:パージ・ザ・コアは、その名の通り敵の“心臓”を焼き尽くす計画だ。……ノーラ中佐は、既に上空のB-29改で待機中だ。
我々は地上から敵を撹乱し、降下ルートを確保する。作戦実行まで残り118分。全ユニット、即時展開準備!」
〔T-1:30〕
雪原移動部隊展開/陽動開始ルート構築
ハリストンとネイトはT-51Bスノーカモ仕様を着装した状態で、先行チームのリーダーとして部隊を牽引。
白い霧の中、静かに進む兵士たちの足音と、低くうなりを上げる冷却ユニットの音だけが響く。
背後では、携行型EMP地雷と熱源デコイを設置する技術兵が、黙々と罠を張っていた。
「どうせ“パージ”の後は地図から消える場所だ」
と誰かがつぶやいたが、誰も返さない。
前進ルートの終着点、標高2,300mの尾根には――
敵前線基地12号が赤外線センサーと対空レーダーで周囲を覆っていた。
だが彼らは知らない。2時間後、その空を貫いてくる“紅の隕石”のことを。