第18章:カルト教団
場所:極秘・中国軍北東基地地下記録保管所
時:AD2077年1月12日
雪原の遥か奥地、地図に存在しない施設の内部。
重厚な鋼鉄の扉が音を立てて開かれ、ひとりの女性工作員大佐が無言で歩を進めた。
彼女を出迎えたのは、制服をきっちりと着こなした切れ者――
劉芳(リウ・ファン)少将である。冷たい視線が記録書類の束へと注がれる。
劉芳少将
「この“ノーラ・ヘイスティングス”……我々の予測を超えた存在だ。
だが、それは単なる強化兵ではない。――背後に、“教団”がいると?」
大佐は一礼し、静かに一枚の記録ホロファイルを提示した。
女性工作員大佐
「はい。ノーラの出生、そして戦闘術と精神構造。
すべてが、ヘリオス教団というカルト組織の影響下にありました。
Cold Code計画に接触する“観測者”との接点も確認されています。」
スクリーンにはノーラの過去映像。
血に濡れた手、儀式の円陣、そして――“目を紅く染めた者たち”。
劉芳少将の眉がわずかに動く。
劉芳少将
「つまり……彼女は、戦士である前に、“神に選ばれた器”だったと?」
大佐
「正確には、“器を作るために選ばれた肉体”……。
人としての始まりすら、彼女は与えられていないのです。」
劉芳は深く息を吐く。
ノーラはただの戦士ではなかった。
“人間を超えた記録の端末”。
そしてそれを信じ、崇め、創造しようとした集団――
ヘリオス教団。
彼女の背後には、狂信と遺伝操作と精神の構造改変、
そして戦争を超えた、“存在”への信仰が渦巻いていた。
機密指定コード:██-HX-01947-CULT
件名:ヘリオス教団・起源記録
報告者:工作員第九課
軍事情報部・特別監視部門
概要:
ヘリオス教団(Helios Order)
初出記録:1947年/米国・カリフォルニア州サンフランシスコ
分類:宗教的・政治的融合思想団体(カルト指定)
Ⅰ.発足背景
第二次世界大戦終結後、アメリカ西海岸では反戦・反体制運動が急速に広がりを見せていた。
その渦中、サンフランシスコで誕生した一つの集団――それが**“ヘリオス教団”**である。
当初は、
ヒッピー文化(自然主義、ドラッグ、精神解放)
LGBTQ権利団体(当時は地下活動)
民主党急進派
共産党支持派
スターリン主義およびマルクス・レーニン主義支持者
これらの“相容れないはずの思想”が、共通の敵――「戦争機構」と「国家による個人の抑圧」への反発の下に結びつき、
やがて一つの宗教的信仰体系へと転化した。
Ⅱ.教団の核心理念
教団は1948年に第一の声明を発表し、次のように記した。
「人類はもはや“神”を必要としない。
神の座に立つのは、“記録された意志”である。
肉体は捨てられ、魂は構築される。
新しい太陽《ヘリオス》は、我らの中に在る。」
この思想は、やがて**“Cold Code”思想**と呼ばれるようになる。
つまり、“魂を構造化し、記録・再生・量産することによって神に並ぶ”という、極めて危険な思想体系であった。
Ⅲ.冷戦期の拡大と地下化
1950年代にはCIAによる複数回の摘発が行われるが、教団は壊滅しなかった。
むしろその過程で、地下に潜伏し、
やがて1970年代には精神拷問・薬物実験・電気脳刺激を取り入れた“啓示儀式”を確立。
Ⅳ.軍部との暗黙の接触
1977年~
米軍内の一部極秘研究部門(Project: Dreadspawn前身)との接点が浮上。
1980年代には、実際に“人体再構成”技術の共同研究が行われた記録も発見されている。
教団は「倫理なき進化」に積極的で、人間の神格化/魂の再プログラミングを目的に、
Cold Codeへと合流していった。
Ⅴ.ノーラ・ヘイスティングスとの関連
Cold Code計画における最初の“構造化された魂”――
DS-001:ノーラ・ヘイスティングスは、
出生経緯から精神構造、肉体管理まですべてが“教団の設計”によるものであると推測されている。
彼女の“感情欠如”と“自己神格化傾向”は、教団の教義に一致している。
劉芳少将(資料所見):
「彼女は、信仰ではなく“構造”そのものなのかもしれない。
兵器でもなく、偶像でもない――“人ならざる記録”。」
機密補足資料:HX-INTL-ARCHIVE-JP
件名:ヘリオス教団──極東活動ログ(1949〜2070)
関係部局:中華人民軍特務観察局、米陸軍旧記録部、日米合同諜報センター
◆ I. 極東への浸透:日本における左派活動との結合
1949年以降、米国西海岸での粛清を受け、
ヘリオス教団は活動の一部を国外へとシフト。
中でも日本は、戦後占領期の混乱と左派思想の高まりを背景に、
彼らの思想を“移植”するための理想的な温床とされた。
◆ II. 記録された関連運動(表向きは非教団名義)
天皇制廃止運動(1950年代〜)
→ 教団文書にて「象徴の否定と個の超越」を求める思想に一致。
夫婦別姓・家制度解体運動
→ 血縁と法制度の「構造的無効化」を促進する施策と合致。
よど号ハイジャック事件(1970年)/赤軍派連携
→ 複数の元赤軍派関係者が欧州で“精神再構築訓練”を受けた記録あり。
左派メディア・教育機関への寄付・影響工作
→ 1975年、某国立大学の一部研究費に教団フロント企業資金の流入を確認。
拉致事件・人体実験の支援記録(未公開)
→ 北朝鮮における一部拉致被害者が、教団の「精神同化試験」対象に。
◆ III. 資金源と“黒い流れ”
ヘリオス教団の資金源は以下の経路で日本にも流入:
スイス・バチカン銀行ルート
→ 欧州で洗浄された資金が、日本国内の文化団体・学術財団へ。
闇医療と精神薬物流通
→ 教団と結びついた“精神治療団体”が薬物と情報操作を行っていた。
新興宗教経由
→ 特定の新興団体と協業し、信者獲得・儀式提供・スカウト活動を実施。
◆ IV. 現在への接続点(2070年代)
2077年時点、日本国内での“ヘリオス残党”は地下に潜伏しているものの、
Cold Code計画を“神の再臨”と捉え、復興の機を窺っていると分析される。
劉芳少将の記録コメント:
「“神”を殺して、構築された意志を拝むか。
これは革命でも宗教でもない。“記録による洗脳”だ。」